東京のB社を辞め大阪に出戻ってきたとき、
”次の会社みつかるまでに今しか出来へんことしたら?”
と、当時の彼女、現・かぁちゃんが言いました。
あれこれ相談した末残ったのが
- 四国をお遍路さんで廻る
- 屋久杉を見にいく
の二択でした。
お遍路さんはもうちょっと齢重ねてからでもええか、と2番を選んだ僕は、バイクにツーリングテントと炊事道具を積み込み、和歌山から屋久島までをテントで寝泊まりしながら辿り着いたのでした。
当時から貧乏を拗らせていたのです。
そのとき経験した「九州縦断テントの旅」は、
- 会う人会う人暖かく良い人ばかり
- 食べ物も「地鶏だ黒豚だラーメンだ!」とどれも美味しい
- そこら中にあるアパートみたいな温泉は200円くらい(たぶん)で入れる
- 当然焼酎もおいしく、安寧芋は激☆甘
- 黒豚も地鶏も味が濃くうまい
- 阿蘇さいこー
てなかんじ。
「九州ってメッチャエエな~」とたいへん気に入ったのでした。
その後ふたたび、今度は当時の愛車HONDAシティ・カブリオレにテントを積み込み、かぁちゃんと二人で「九州縦断テントの旅Part2」をしました。
Part1では行かなかった指宿で砂風呂に入ったり桜島の噴火をみたりその旅も良かったのですが、意外な発見だったのが「テントを叩く雨の音」でした。
テントを激しく叩く雨音と、その雨から「守られている感」の対比がとても心地よかったのです。
バイクの時は出発したのが9月だったこともあり、2週間の間まったく雨に降られなかったのです。
屋根は出来るだけ伸ばして、雨樋もナシ!
阿保さんの本を読んでいてそのときの感覚が思い出されました。
本に載っていたのは
”雨嫌いの施主さんが、深い軒から流れ落ちる雨を見ているうちにすごく安らかな気持ちになり、雨が嫌いではなくなった”
というエピソードです。
読んだ時、そのテントを叩く雨の音と、それから守られている安心感を思い出しました。
きっと同じような感覚やで。
これはもう屋根を長く、軒を深くしてもらうしかありません。
雨樋も要りません。
さっそく工藤さんとの打合せでこの熱い想いを伝えることにしました。
工藤さんも同じ認識
何回目かの打合せで「屋根を長くしたい」旨を伝えると、あっさり「わかりました」との返事。
「屋根を長くする」ことは、心理的な安心感もありますが、家の機能としても重要だそう。
他の建築士さんが建てた家で屋根のないモダンな家をみていると、数年でカベが汚れてしまっていたそう。
この打合せのあと僕も「軒が浅い家」を注意して見るようになりましたが、確かにカベに「黒い雨筋」がある家が多かったです。
そういうこともあり、工藤さんが設計する家は必ず軒を出すようにしているそう。
耕木杜の家は立ち姿がキレイ
また、当時は建築に関する雑誌や本をいろいろ読んでいました。
屋根について印象的だったのは、有名な設計士さんが建築した自宅を振り返り、
”軒を60cm(80cm?)にしたが、もう10センチ長くしておけばよかった”
と書いていたことです。
そんなチョットで変わるんか、と思ったのを覚えています。
また、阿保さんが造った耕木杜の家を見るとどれもが軒の深い家ばかりで、その屋根と家全体のバランスがとても美しい。
これはもう軒を伸ばしてもらうしかありません。
「かぁちゃんも同じ意見だ、つまりこれはマルツ家の総意なのであります!」
と僕。
”いや、だから深くする言うてるやん”
と目は口程にモノを言っている工藤さんが
「はいはい、わかりました」
と返答したところでこの日の打合せは終了。
もっと、もっと軒を深くしてください!
そして作成いただいた図面がコチラ。
確かに右(南)も左(北)も80cm出ています。
うーんでも右(南側)が短く見えるなー。
さっそく”こっちしかバランスエエおもうんっすけどぉ~何とかしてくださいよ~センセ~”とお願いメール。
「次回打合せまでに検討しておきます」
との返答。
斜線制限やら構造上の問題が・・・でもクリア!
その次の打ち合わせで”屋根は伸びるのか問題”について話をしました。
屋根、伸びそうですか?
うーん屋根の斜線制限とか、家の構造上むずかしいんですよね・・・・
そこを何とかしてくださいよぉ~~
うーん、そうですね・・・・んっ?!ま、待てよっ・・・!
そう言うやいなやペンをバシッと取り直接壁に数式を書き始める工藤さん。
ど、どうしたんですかいったい?!
こ、これは、いけるかもいけるかもっ!
いつの間にか左手にもペンを持ち、両手を激しく動かし書いています。
呆気にとられその様子を見ていましたが、何言かブツブツつぶやきながら首を振り始めたところで
”流石にこれはヤバイかも・・・”
身の危険を感じた僕は部屋から出るべく腰を浮かしました。
壁には文字なのか数字なのかわからない曲線が縦横無尽に引かれています。
物音を立てないようドアノブに手を掛けたそのとき、
「パンパカパーン!」
工藤さんの雄叫びにビクッと身をすくめる僕。
で、できましたよ~~~、いけます!伸びます!
ほ、ほんまですか!ありがとうございます!
手汗でじっとり濡れたドアノブから手を離しヒシと抱き合ったのでした。
軒の深さは140cmに
工藤さんの複雑な計算の末出来上がったのがこちらの図面。
軒の深さは140cm。
いままでより60センチプラス。
雨樋はナシ。
前の図面と比べバランスもすごく良くなりました。
じっさい構造も複雑だったらしく、工期が伸びるほどプレカットにすごく時間がかかったそうです。
その複雑さ故か、契約会で棟梁も”造り甲斐がある”と腕をグルグル回していました。
とにかくやかましく言ったおかけで軒も深くなり雨樋もなくなってとても喜んだというお話。
(つ・づく)