エッセイ 『ある寒い春の朝に』~フレッシュな野菜スティックを添えて~

riot
家族の方針や自身がアレルギー体質であることもあり、出来るだけ化学物質を排除した子育てをしている。

義母や実母が家庭菜園でつくった無農薬野菜を積極的に摂ったり、四つ葉や無農薬農家から取り寄せた食材を使ったり、出来る限りのことはしているつもりだ。

もちろんそれは食材だけに限らず身に着けるものも同様で、子育てに於いて紙おむつでなく「布おむつ」(”オムツ”ではなく”おむつ”とするほうが素材の柔らかさを現しているように思え、私は好みである)を使用しているのもその一環である。

もちろん「自然派」と言うと聞こえはいいが、実際に実践するとなると話は別である。

こと「布おむつ」ひとつにしてもそれはあてはまる。

使用後の”汚れた”おむつは当然「洗濯物」として処理されるわけであるが、汚物にまみれたそれを他の衣服と一緒に洗濯機に放り込むにはいささか抵抗がある。

がため、洗濯機に放り込む「前処理」として、「落とせる汚れは事前に手洗いで落とす」工程が発生するわけである。

それでも子がまだ小さく、母乳だけを摂っている段階は良い。

大便も小便もさして違いはなく液状で、排泄臭も殆どないため、強いて言うなら”汚れた雑巾を手洗いしている”のと大差ないのである。

この作業が転換期を迎えるのは子が離乳食を摂るまでに成長してからだ。

味の濃い薄いはあるにせよ、成人と大差ない「食事」を摂るようになり、咀嚼された食物は大人と同じ体内器官を通過する。

当然数時間後には大人と同じものが排泄されるのである。

そしてそれはあきらかに乳児のそれとは違う。

汚れたおむつを洗う手順としては、まず外した布おむつを目視し、状況を確認する。

そしてある程度”塊”を成しているものをトイレットペーパーで便器にこそぎ落とし、処理する。

しかるのちにマーブル、もしくはタイダイに染め上げられた布おむつを水を張ったバケツに投入、桃が流れてくるのを待ち構えるおばあさんが如くゴシゴシ手洗いするのである。

もちろん大人の”それ”と何ら変わらないモノがべったりついた布を手洗いすることに当初は抗があった。

それはたとえ「ゴム手袋」をしていても、である。

自身以外の「分身」を目にすることなぞ子供の頃みた犬のそれ以外に殆ど無いからだ。

現在の日本とはなんと清潔なのであろうか。

大阪のスラム街京橋の道端で明らかに人間の”それ”とわかる黄土色を目にしたときは傲岸不遜な塊が放つ凶々しいオーラに圧倒されたものである。

しかし人間の慣れ、適応力とは逞しいもので、当初感じていた抵抗もいつの間にか消えてしまった。

ましてや自分の子供である。

”排泄物で身体が汚れても石鹸でキレイに洗えばもとどおり”

まるで風俗嬢のスカウトが如きセリフを心で呟きながら、”手袋を着けたり外したりするのが面倒くさい”との理由から素手でジャブジャブ洗うようになるまでに多くの時間は要しなかった。

汚れ物に何の抵抗もなくなった私は、春の風にハタハタはためく一列の白い布おむつを眺めながら、

”親の介護が必要になっても下の世話くらいはできるかな”

と独りごちたものだ。

Phase1.序

mob
いま考えると原因は2つあったように思う。

ひとつは昨晩就寝前、23時頃だったか、実母から送られてきた「ミカン」を多く摂ったこと。

もう一つは今朝、少し寝坊した私は急ぎで準備し、しかし珈琲を淹れる時間はありそうだったので急いで豆を挽き、飲み終わると同時にタンッとカップを置きすぐさま出立したことである。

~バスに揺られながら~

bus
私の住まいは郊外にあるがため、職場までは「バス」→「JR」→「地下鉄」を経由する必要がある。

最初の”兆し”はバスの中で訪れた。

何やら下腹部に感じる違和感。

しかしそのシグナルは微弱なものであり、意識を集中しないとわからない弱々しいそれは今にも消え入りそうであった。

Phase2.破

train
二回目の”兆し”はJRのホームで電車を待っている時。

消えると思われた微弱な信号は若干盛り返し、山型を形成し始めている。

しかしその信号はまだまだ弱く、肛門をドアに例えるならば「ピンポーン」とインターホンを鳴らされたに過ぎない。

知らぬ存ぜぬを決め込んでも良かったのだが、会社までの道のりはまだまだ長い、まぁ念には念を入れて、とドアロックをかける(ベルトを緩める)こととした。

茨木で乗客が一気に増え、車内の密度はマカオ並、とはいかないまでもシンガポールには達していそうである。

茨木を出立し新大阪へ向かう途中、今度は「ドンドンッ!」とドアを叩かれた。

諦めて帰ったと思った訪問者はまだ粘り強く玄関先に居座っていたのだ。

間違いない、このしつこさはケーブルTVや太陽光発電の飛び込み営業に回された新入社員ではない。

私はそこではじめてこの闖入者への認識を新たにする必要に迫られたことを理解し、気を引き締めたのである。

これは、「飛び込み営業」でも「NHKの集金」でもない。
昔なつかしい昭和の「押し売り」だ。

気は進まないが認めよう。

少し前は息も絶え絶えいまにも無くなりそうだった”それ”は、いまやハッキリと凶悪な意思をもつ「便意(以下B.E)」に成長してしまったことを。

そしてそれはしつこく私のドア(肛門)を押し開けようとしている。

~戦地から届いた手紙~

soldiar
私が改めて書くまでもなく、戦争でも経済でも最重要視すべきは正確な「情報」である。

インターホンのモニタで確認すると、玄関前には押し売り以外にも続々と人が集結しているようだ。

私はすぐさま諜報部隊を編成し、現状データ収集のため下腹部に潜入させた。

現状は?

ー不満分子が集結しつつありますがまだ飽和状態にありません

ドアはどのくらい持ちそうか?

ー現状のまま推移したと仮定するとしばらく破壊されることはないかと

集まっている民衆はどのような階層か?

ー中間層が多く見受けられ、暴動に発展する可能性は低いと思われます

諜報部隊からは「急は要しない」という情報が送られてくる。

せいぜい「レベル1.充分注意してください」という段階だということだ。

これも乗車時にベルトをゆるめストレスを逃がすスペースを確保したのが奏効したか。

しかし念には念を入れるに越したことはない。
平穏な市民がふとしたきっかけで暴徒化する可能性を排除してはならない。

乗降客の多さから空室の確率は低いことを認識しつつ、まずは御堂筋口のトイレに向かった。

案の定満室。
並びが出ている。

「どなたでもご自由にお使いください」
の別室もレッド表示だ。

いつ空くかわからない不確定な情報を元に動くのは得策ではない。
一歩でもゴール(会社)に近づくべきだ。

Phase3.急

escalator
トイレを一瞥し先へ進むことを瞬時に判断した私はエスカレーターを降り地下鉄の改札に向かった。

途中、

ドンドンドンドンッ!

オイっ!開けろっ!

集団の中から代表と思わしき人物が先頭に立ち、激しくドアを叩き始めた。

駄目だ、みんなを煽るんじゃない。

現場の緊張は急激に高まっているようだ。
改札を通過した私は、ホームに降りる階段横のトイレを覗いた。

ダメ。
並んでいる。
個室レッド表示。

ダンダンッダンッ!!

開けろやっ!

まずい、集団の中にプロ市民も混じっていたか。

Phase4.滅

TOILET
でも、それでもまだ大丈夫だ。
私には39年間B.Eと戦ってきた豊富な経験と知見がある。

なにより自分の身体だ。
隅々まで知り尽くしている。

そして大阪駅や地下鉄主要駅のトイレマップも頭にインストール済みだ。

電脳空間にログインした私は脳内で3Dマップを瞬時にリアルタイムレンダリングする。

見つけた!地下鉄出口付近にセーブポイントが残っている!

私は前回そこでB.Eを制圧したのだ。

そしてその時ユーザーは誰も居なかった。

しかし油断・慢心は禁物だ。

希望的観測に基づく不確実な情報をもとに戦略を組み立てると不測の事態に遭遇した時一気にドアが崩壊する。

内側からドアを押さえる手を緩めてはいけない。

~人の波間を泳いで~

subway
それよりまず考えなければいけないことは、「地下鉄電車内で周りにスペースがある立ち位置を確保する」こと。

東京ほどでは無いにせよ、大阪の地下鉄も通勤時間帯は立錐の余地もないほどになる。

特にドアとドアを結ぶ直線状にポジショニングすると乗り込もうとする乗客の「圧」をまともに受けることになる。

仮にその圧力で信管が衝撃を受け起爆でもしたら・・・下手をすれば「傷害罪」で逮捕されるかもしれない。

最悪のパターンも頭の隅に入れながら電車の列に並ぶ。

電車到着。

乗客が車内へズルズル吸い込まれていく。

私は自身の前に並んでいる乗客の数を目で数え、電車の空きスペースを一瞥し、列を「外した」。

ここは「待ち」だ。

この列車に乗り込むとドアとドアを結ぶデッドライン上に並ぶしか無い。

~転換期~

demo
下腹部で暴徒化しつつある集団を放水で沈静化しようと額からは脂汗がにじみ出ている。

大丈夫、御堂筋線は2~3分おきだ。
すぐに次が来る。

痛みで気を散らそうと手の甲を思いっきりつねる。

ダメだ、暴徒はチラッとそちらを一瞥しただけですぐにドアの破壊作業に戻った。

舌をギュウギュウ噛む、効果がない。

これならどうだと内ももをつねる。

お、暴徒がそちらを見て動きを止めている。

そしてそのタイミングでぷぁーんと電車到着。

列の先頭付近に位置していた私はデッドラインを避け、座席の前にポジショニングすることに成功。
ここにいればまともに圧を受けることもない。

駅に到着するまでの5分弱、手の甲、内もものコンビネーションで繋ぐ。

到着。

駄目だ、気を緩めるな、空いていたのは前回だけだった可能性もある、常に最悪の自体を想定して考動しろ、”ここも空いていない”ものとして動け。

エスカレーターを上がり改札横のトイレに素早く目を走らせる。

若い男性が困ったような顔で所在なさ気に立っている。

くっ!ダメかっ!

暴徒の数は一段と増え、ドアも破壊される寸前だ。

危険情報もいつのまにか「レベル4.避難してください」に変わっている。

一刻の猶予もない。
残るは会社のトイレのみ。

改札をこじ開け階段を駆け上がる。

「明日が来る」ことを当たり前にしか思わない平和ボケした愚民どもを掻き分け、ショートカットで車道を渡り、なんとか会社に到着。

Phase5.無

tank
エレベーターは待ち時間があるため使えない。

トイレがある2Fまで階段を駆け上がる。

キュラキュラキュラ・・・

そこで遠くから聞こえてくる金属音。

ん?何の音・・・ぐっ!せ、戦車!

埒があかない現状に業を煮やしたか。

さらに階段を1段飛ばしで登り始めたが腹部が大きく伸縮するためダメージが大きい。
敵に塩を送ってどうする。

すぐさま回転をあげ1段1段細かく登るピッチ走法に切り替え2Fに到着。

トイレに向かい走りながらコートのボタン、上着のボタン、ベルトを外そうとする。

指がもつれてうまくいかない。

小さい声で”気を抜くな気を抜くなガマンしろガマンしろ”と繰り返す。

トイレに飛び込み個室へ。
さすがにこの時間は誰もいない。

カバンを放り出しその上にコートをくちゃっと丸め放り投げる。
上着を脱ごうとするが複数の指示系統から命令を受けコントロール不能になった指はその機能を放棄した。

戦車が止まった。

上着を脱ぐのは諦めズボンを下げようとする。
総員退避の命令にも関わらず括約筋はあくまで持ち場を死守するつもりだ。

ホックはなんとか外れたもののその上のボタンが外れない。
このボタンは何のためにあるんだ!

キリキリキリ・・・

砲身が廻り始めた。

いそげいそげ吹き飛ばされるぞ!

ピタッ

砲身が止まった一刹那のあと、静寂を破り砲弾が発射された。

ドゥンッ

跡形もなく木っ端微塵に吹き飛ばされるドア。

何とか着座したが、果たして間に合ったのか。

Phase6.再生

yasai
おそるおそる被害状況を確認する。

まだ温もりを残している下着には「味噌ディップ」の小山が4つ。

『ティファニーで朝食を』
てヘップバーンが食べていたサラダに添えられてなかったか。

どうやら「ちょっとだけ」間に合わなかったようだ。

しかし糞死することなくこれだけの被害のみで済んだのは良くやったと言うべきであろう。

これも各員がその恐怖に打ち勝ち最後まで職場放棄せず任務をまっとうしてくれたからだと、私は誇りに思う。

これは「試合に負けて勝負に勝った」ということである。

私は布おむつで培った手際の良さでこれを瞬く間に処理し、「臭いハラスメント」を起こさぬよう刀身を打ち粉で叩くが如く入念に拭い、指紋が消えるほどこすり洗いした手をハンケチで拭いながら、ラジオ体操をするために職場へ出勤したのである。

まとめ

事程左様に”家を建てる”ということには様々な困難が降り注ぐものである。

今回は絶望的な状況にも関わらず「ギリギリセーフ」であったが、いつもこう上手くいくとは限らない。

これから家を建てようとお考えの諸兄には今回の件を糧とされたい。

何より皆さんに言いたいのは、

「親の下の心配する前にもっと心配しなければいけないことが他にある」

ということである。

最後に、これを読むかもしれない家族に向けて。
味噌ディップが付着した洗濯物は然るべきステップを踏んだのち適切に処理されることをここに明言しておく。

(おはり)

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コメント

  1. ガヤ より:

    ブラボー!

  2. 02 より:

    ありがとうございます。

    かわはらさんに“薪割する人募集!”の記事へ何本かリンクを貼っていただきアクセスが急増しておりましたので、“このタイミングしかない!”と思い投稿いたしました。

    アナリティクスを見ると多くの方に閲覧いただけたのがわかり安心しております。

    • ガヤ より:

      まさに、「このタイミング」にジャストでしたね!しばらくエントリが無かったので楽しみに待っていましたが、予想以上の内容に02さんの意気込みを感じ、軽く戦慄しております。

      (で、薪割会は成功したのでしょうか?近隣だったら行きたかったのですがねぇ)

      • 02 より:

        ありがとうございます。

        新築したあとは幸せな毎日がやってくると信じて疑わない無防備な人達に警鐘を鳴らす意味でこのエントリを書きました。

        みなさん、はやく目を覚ましてください。

        >で、薪割会は成功したのでしょうか?近隣だったら行きたかったのですがねぇ

        はい、おかげさまで手もみ洗いした下着のようにキレイさっぱり片付きました。

        参加いただいた方から家づくりにも参考になりそうな体験談を伺いましたのでいままとめているところです。

        近々アップできたら良いなと思っています。

  3. Mrうー より:

    読み応え満点・・・・・・

    • 02 より:

      みなさまが同じ轍を踏まないように!
      との一心だったため思わずキーボードを叩く指にも力が入りました。

  4. tana より:

    無垢の木ローコストハウス」のこと
    書きなさいよ?

  5. 02 より:

    無垢な木持ちで書きました。